ニューロダイバーシティとは?
ニューロダイバーシティとは、脳の特性の違いを個人の優劣ではなく多様性の視点から捉える概念。私たちの脳や思考に関する新しい考え方 《ニューロダイバーシティ・パラダイム》 を象徴するキーワードでもあります。ニューロダイバーシティを考慮して環境や制度をデザインすることで、生きづらさ・差別の解消や、企業の競争優位などへ繋がります。
ニューロダイバーシティの定義
「ニューロダイバーシティ」(Neurodiversity / 神経多元性) という言葉自体の意味は、 人間の知覚や情報処理の特性の多様性 のことです。例えば人間関係のスタイルや、どんなものに自然と注意が向くかについての神経学的な特性の違いが挙げられます。
特に自閉スペクトラム(ASD)やADHDなどの当事者コミュニティで育まれてきた概念ですが、近年では精神疾患・学習障害・すべての人の個人差など様々な文脈で使われるようになっており、その対象範囲については諸説あります。
☆ ニューロダイバーシティと「発達障害」の関係
「ニューロダイバーシティ」は、自閉スペクトラムの当事者コミュニティから生まれた概念であり、発達障害を含む脳の特性の違いを個人の「優劣」ではなく、社会におけるダイバーシティの観点で捉えます。
それぞれ異なるニュアンスと起源を持つ概念ですが、対象となる特性には重複する部分もあると言えるでしょう。
☆ ニューロダイバーシティに含まれる診断名・特性の具体例
ニューロダイバーシティの一種として挙げられる特性について簡単に解説します。ただ、同じ診断名でも非常に多種多様な当事者がいるので、ここでの説明はあくまで一つの参考としてお考えください。
- 自閉スペクトラム症(ASD):コミュニケーションや感覚処理の特性、特定の物事へのこだわり等で支障があることによって診断される。適切な環境であれば高度な専門性・記憶力・緻密な仕事の達成に繋がり得る一方で、いじめの対象になったり面接などで不利な評価を受けたりしやすい傾向にある。
- ADHD(注意欠如・多動症):注意の対象が移り変わりやすかったり、多動性(じっとしていられない等)があったりすることによって診断される。行動力や創造的な思考が重要な場面では強みとなり得る一方で、時間管理や集中力の維持が求められる場面で困難を抱えやすい。
- 学習障害(LD):特定の学習分野でのみ困難がある。ディスレクシア(読字障害)、ディスグラフィア(書字障害)、ディスカリキュリア(算数障害)が含まれ、特に学校の授業などで不利になりやすい。同じ脳特性が起業家精神や創造性に繋がる場合もある。
- DCD(発達性協調運動障害):運動や作業での極端な不器用さによって生活などに支障が出る。同じ特性が高い言語理解能力に繋がる場合もある。
- ギフテッド:平均を大きく上回る能力を持つ状態。社会的孤立や学習面での退屈さにつながる場合もある。特に上記のような発達特性を併発している場合は「2E」と呼ばれ、得意と苦手の差が非常に大きくなりやすいことから困難や誤解が生じやすい。
- その他、トゥレット症、精神疾患、定型発達(健常者)など様々な脳の特性がニューロダイバーシティに含まれることがあります
※ Nancy Doyle "Neurodiversity at work: a biopsychosocial model and the impact on working adults" などを参考に当協会で編集
ニューロダイバーシティ・パラダイム
ここで重要なのが、「ニューロダイバーシティ」という言葉の背景にある「ニューロダイバーシティ・パラダイム」という新しい概念です。
「ニューロダイバーシティ・パラダイム」とは、様々な脳の特性や生きづらさを個人の「欠陥」ではなく神経の多様性(ダイバーシティ)の視点から説明する考え方。画一的な環境から「神経の多様性を考慮した環境や制度」への再設計によって、当事者の困難が緩和されたり、組織・社会の生産性向上やイノベーションに繋がったりする点からも注目されています。
◆ 詳しくはこちらの記事をご覧ください: ニューロダイバーシティ・パラダイムとは?
どのくらいの人が該当する?
10〜20%
Deloitte社の調査によれば、世界人口の10〜20%がニューロダイバージェント(少数派の脳特性を持つ人)と推計されています。
ニューロダイバージェントの割合
また、武田薬品工業の調査によれば、日本のオフィスワーカーの約5%が発達障害に見られる特性の傾向を持つ「グレーゾーン」だったとされています。
「ニューロダイバージェント」の定義や診断基準は国や機関によって異なる上、差別や偏見などを背景として診断を明かさない/受診しない人も多いため、その割合は調査によって様々です。
また、どんな人もそれぞれ異なる脳の特性を持っているため、すべての人が「ニューロダイバーシティ」の一部であるという考え方もあります。
ニューロダイバーシティの企業・組織での応用
ニューロダイバーシティの特徴の一つが、人権運動に留まらず、教育やビジネスなど様々な領域で活用例が広がっていることです。
どんな領域でも、人間の脳が多様であることを考慮することで、より良い成果を上げられる可能性があります。
🎓 教育
多様な脳特性を考慮した教育方法や支援体制の整備。UDフォントの使用や当事者向けのサポート制度など。
🏢 職場環境
社員や顧客の多様な脳特性を考慮した環境調整。静かな作業スペース、柔軟な勤務形態、人事評価の手法の見直しなど。
🏥 医療・福祉
「ふつう」を目指すことよりも当事者の興味や得意を伸ばすことを重視した支援手法。
ニューロダイバーシティの経営効果
▲ 多様な神経特性のメンバーで構成されるチームでは生産性が約1.3倍に向上した
ビジネスにおいても、ニューロダイバーシティの導入によって様々なメリットが生じることが複数の調査で示されています。例えばハーバード・ビジネス・レビューでは、多様な特性のメンバーによるチームでは生産性が約1.3倍に向上した事例(ヒューレット・パッカード・エンタープライズ社での予備調査)や、多様な特性の求職者を採用することで高スキル人材のブルーオーシャンにアクセスできるという効果が紹介されています※。
また野村総合研究所の調査でも、職場で発達障がいに関するサポート制度がある場合ではそうでない場合と比較して当事者の生産性が約1.4倍となる結果でした。
取り組みを行っている組織
国内外の様々な企業・大学・軍隊などで、ニューロダイバーシティへの取り組みが進んでいます。
ニューロダイバーシティに取り組んでみる
一般社団法人ニューロダイバーシティ協会では、ニューロダイバーシティに関心を持っている方に様々なサービスを提供しています。
もっと詳しく
☆ ニューロダイバーシティ概念の誕生
ニューロダイバーシティという概念は、1996年に自閉スペクトラムの当事者コミュニティ(InDv: Independent Living on the Autistic Spectrum)で、当事者の生活上の実感をもとに形成されました※。
また1998年、自閉当事者でもある社会学者のJudy Singer氏が論文で「Neurodiversity」という言葉を使用し、その後この言葉が広まるきっかけになっています。
☆ 障害の社会モデル
ニューロダイバーシティ・パラダイムの源流の一つに「障害の社会モデル」があります。
従来の「病理学モデル」では「当事者に障害があるから生きづらい」と考えましたが、「社会モデル」では「社会の構造が障壁を作っている」と考えます。
例えば車椅子ユーザーが建物に入れないのは「足が不自由だから」ではなく「スロープがないから」と考えることで、インクルーシブな社会を設計することができます。
☆ 認知科学での発見
認知科学の分野でも、ニューロダイバーシティを支持する発見が報告されています。
例えば「二重共感問題」の研究では、自閉当事者は非自閉者に共感しにくい一方で、自閉当事者同士では共感できるという結果が示されました。つまり共感の問題の背景には、従来の定説であった「当事者側の共感力の一方的な欠陥」ではなく、「自分と異なる特性の相手に共感しづらい」という誰もが持つ傾向も影響している可能性があります。
☆ ニューロダイバージェントの著名人
歴史上のイノベーションを起こした人物のうち一定数はニューロダイバージェントであるとされており、何人かはその特性が成功に寄与したとカミングアウトしています。
公表している著名人:
ニューロダイバージェントと推測されている歴史上の人物:
※ 過去の人物の特性については記録に基づく推定であり、正式な診断ではないことに注意が必要です。また歴史に残るような「変わり者の天才」は無数の当事者の中のごく一部であり、著名人もそうでない人も含めて数多くの当事者が社会的な困難に直面していることも重要な背景です。
☆ 人権運動としてのニューロダイバーシティ
ニューロダイバーシティの概念はインターネットを中心に当事者による反差別運動として誕生・発展し、やがてビジネスや教育など様々な文脈に応用されていきました。人権の概念としてのニューロダイバーシティや人権運動(ニューロダイバーシティ・ムーブメント)については、以下の記事で詳しく解説しています。
▶ ニューロダイバーシティ運動とは?